■息子の「新居」生きた証を

律希さんの父・矢嶋康さん(右)と母・恭子さん
葬儀の後、お墓をつくることを考えましたが、つらい気持ちが癒えず、お墓も見つからず、遺骨をリビングに置いて過ごしてきました。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「けっこうお墓づくりってエネルギーがいる。現実に、あのつらい時に戻されてしまうので、お墓づくりってすごくつらいので、くじけそうになる」
しかし5回目の命日が過ぎた2025年の夏―。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「生きていれば大学を卒業する年になったので、どこか自分で独り立ちするようなところがあればいいのかなっていうふうに考えた」
律希さんが生きていれば、22歳になっていた春に「新居」を―。
律希さんの母・矢嶋恭子さん:
「主人は家名が入ったお墓とかではなく、息子の新居をつくるというか、生きた証しになるようなお墓をつくりたかったみたいなので、それならば一番楽しかった瞬間の私も大好きな写真をお墓にしたいって提案しました」
■墓石に「家族の思い」を込めて

律希さんの自転車の記録装置に残されていた走行距離も刻まれる
2026年5月、墓石を建立―。
善光寺平が一望できる寺の高台に墓を建てました。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「周りの景色が映りこんで見え方が全然違って、その度ごとに違う景色になってすてきだなと思います」
書道が得意な三男が書いた「1113kmの轍」の文字。
この数字は律希さんの自転車の記録装置に残されていた走行距離です。
そして敷石には「どこまでも走っていけるように」と道をデザインしました。
■同級生「律希の分も強く生きる」

律希さんの同級生たち
8月11日、七回忌が営まれ、親族や同級生たちが律希さんをしのびました。
律希さんの父・矢嶋康さん:
「今でもさみしくて、話がしたくて、会いたい律希。だいぶ泣くことは減ってしまいましたが、思いは変わりません。『おはよう律希、大好きだよ』と、毎日必ず話しかけます」
参列者が墓参りへ―。
律希さんの同級生・内田恵汰さん:
「またな」
同級生の一人、内田恵汰さん。律希さんとはサイクリング仲間で、墓に刻まれた写真は内田さんが木島平村のスキー場で撮影したものでした。
律希さんの同級生・内田恵汰さん:
「いつも律希が自転車のルートとかを提案してくれて。(写真を撮った日は)景色がすごくいいし夏のゲレンデに行ってみるかってなって行って。今、生きていたら何していたのかなというのは思っていて、律希もどこかで同じように頑張ってるんだなと思うと、自分自身も頑張りたくなるし、律希の分も強く生きようかなと思っています」

