YouTube X Instagram

【戦後80年】「本土決戦」に備え…終戦まで掘られた「地下壕」 記憶の継承「戦争遺跡」をどう残し、伝えていくか

大本営海軍部壕(長野市安茂里小市)

本土決戦の準備は善光寺平一帯で進んでいて、松代から北に15キロほど離れた長野市安茂里地区には海軍が掘った「大本営海軍部壕」が残っています。

100メートルほど掘ったところで終戦となり、住民有志の「昭和の安茂里を語り継ぐ会」が予約制で案内しています。

地域の歴史を学ぶきっかけにと、地元の小学生への伝承にも力を入れています。

■「戦争遺跡」失われる可能性も

戦争遺跡の保存・活用についてのアンケート結果(長野県世論調査協会調べ)

長野県世論調査協会が「戦争遺跡の保存・活用について」県民に聞いたアンケート調査では「大いに保存・活用の機運を高めるべき」と「ある程度考えるべき」を合わせ、積極的な回答が73.4パーセントに達しています。

ただ、こうした「戦争遺跡」で文化財に指定されているものは少なく、行政や住民有志の支え無しでは開発等で失われる可能性があります。

■崩落で人目に触れなくなった地下壕

終戦後の半地下式工場(撮影:池田三四郎氏)

既に人の目に触れる機会が無くなった場所もあります。

松本市里山辺の金華山(林城山)では終戦の年、航空機の地下工場が造られていました。

空襲を避けて名古屋から松本に疎開した工場を更に移転するのが目的で、1945(昭和20)年4月以降、里山辺から南の中山地区にかけて地下式や半地下式で着工されました。

金華山の壕は、地権者から管理を委ねられた市民団体「松本強制労働調査団」が見学会を開いていましたが、3年前に崩落があったのをきっかけに現在は一般に公開していません。

■奥には不発のダイナマイトが

金華山の壕(松本市里山辺)

7月20日、調査団の若手グループが内部を撮影するのに同行させてもらいました。

調査団:
「頭ぶつけた」
「すごい所行くなあ」

壕の中はところどころ崩れ、腰をかがめないと通れない場所もあります。

侵入者に気づいてコウモリも飛んで来ました―。

不発のダイナマイトが詰まっているという穴

80年前の痕跡はあちこちに。壁に「130」と書かれた数字が残っていました。

調査団メンバー:
「数字は入口からの距離だと思います。ちょうどこのあたりが130メートルくらいですから」

松代と同じように削岩機が開けた穴も残っていて、奥には不発のダイナマイトが残っているそうです。

  • facebook
  • twitter
  • LINE
長野放送ニュース

最新記事はこちら

こちらもおすすめ

記事一覧へ