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走るのが嫌いだった少年が世界王者へ 渡部暁斗、長野五輪との出会いから世界レベルへ飛躍 半ば強制的に続けたクロスカントリーがもたらした“世界の頂点”  直感と適性が交差した物語 #2

■初めての国際大会がトリノ五輪

高校1年生でジュニア世界選手権に出場した渡部は、ほぼ最下位に近い位置に終わりました。

しかし、そこで同世代のフィンランド選手たちがすでにワールドカップレベルで戦っており、表彰台に立つ姿を目にしたことが大きな刺激となりました。

「あ、もうここだな」と感じたといいます。

そしてジュニア世界選手権からわずか翌年、渡部は各選考会を5位前後でクリアし続け、5人目として代表枠に滑り込みました。

「勝ちまくったわけではない」と本人が言うように、総合力で2006年トリノ五輪の代表権をつかみとった形です。

驚くべきことに、これが初めてのシニアの国際大会でした。

「ワールドカップにも出たことがなかったんです。初めてのトップレベルの国際大会がオリンピックで」と渡部は振り返ります。

選手村で日本代表の先輩たちと初めて顔を合わせ、「テレビで見ている人だ」と思いながら過ごした最初のオリンピックは、19位という結果ながら、「楽しかった」という感覚だったといいます。

■「W杯個人総合優勝こそが本物」

2006年のトリノ五輪の後、渡部は着実に世界のトップへと駆け上がっていきました。

ワールドカップでは個人総合優勝を達成し、8シーズン連続トップ3という大記録も打ち立てました。

渡部本人の中では、オリンピックよりもワールドカップに大きな比重を置いていました。

「年間20数試合やってその総合優勝、それこそが本物だろっていう、斜に構えていた部分もあった」と語ります。

「オリンピックはただの通過点だみたいな話をずっとしながら、そこにたどり着いた部分もあって、自分の実力は証明できたと思う」と言い切る渡部の言葉には、競技者としての揺るぎない自信がにじんでいました。

※この記事は、2026年5月10日にNBS長野放送で放送した「北野建設Presents 雪上に刻んだ軌跡 キング・オブ・スキー 渡部暁斗」をもとに構成した内容です。(全3回の記事その2)

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