金メダリストの「有終の美」です。22日の現役ラストレースで優勝した小平奈緒選手。満員の観衆を前に「本当に幸せな時間だった」と語り、現役生活に別れを告げました。
22日朝、長野市のエムウェーブにできた長い行列。スタンドは、6085人の観衆でほぼ満席となりました。視線の先はラストレースの小平奈緒選手。
小平奈緒選手:
「今まで積み上げたものをすべて氷にのせたい。ただその思いだけ」
小平選手は茅野市出身。スケート靴を初めて履いたのは2歳の時です。「世界の頂点」を目指すきっかけは、小学校5年生の時に見た長野オリンピックでした。清水宏保さんが満員のエムウェーブで金メダルを獲得。「私もあの景色を見たい」と夢を追うようになりました。
練習に打ち込み中学・高校時代には日本一に。信州大学に進学してから、結城匡啓コーチの下でさらに力を伸ばします。
ただ、世界の壁は高く、初出場のバンクーバーオリンピックは、女子団体追い抜きで銀メダルを獲得したものの、女子500メートルは12位。続くソチオリンピックも500メートルは5位でした。
さらなる速さを追い求めその後、2年間、オランダで単身武者修行。ひた向きに努力を重ねる姿はまさに「氷上の求道者」でした。
小平奈緒選手(2017年):
「究極に自分に集中するというところが、前と変わったところ。自分というライバルを超えていかなければいけない。女子の中で誰も滑ったことのないスピードで滑りたり」
才能が一気に開花し、ワールドカップでも2016年から連勝を続けます。そして31歳で迎えた2018年の平昌オリンピック。500メートルで日本の女子スケート陣初の「金メダル」を獲得。ライバル、イ・サンファ選手との友情も感動をもたらしました。
しかし、連覇が期待された今年の北京オリンピックは右足のけがの影響で結果は残せませんでした。
北京オリンピックから2カ月後―。
小平奈緒選手(4月の会見):
「私、小平奈緒は今年10月の全日本距離別選手権を競技人生のラストレースとすることを決意しました」
迎えたラストレース当日。エムウェーブは長野オリンピックのように満員に。小平選手の両親も会場で見守りました。
スタートからぐんぐん加速する小平選手。同走の選手を追い上げ、さらにスピードにのります。
37秒49の好タイムで優勝。有終の美を飾りました。
直後には次のレースに配慮し、拍手を抑えるよう求める仕草も。小平選手らしい一幕でした。
小平奈緒選手:
「皆さんのぬくもりを感じながらスケートリンクを去ることができるのは、本当に幸せな時間でした」
父・安彦さん:
「無事に終わってよかったね。いいレースを見させてもらってありがとう」
母・光子さん:
「多くの皆さんに支えてもらいながらここまでくることができて、ありがとうございます」
茅野市のスケートクラブの児童:
「速くてかっこよかった。小平さんくらいになれるように頑張って練習する」
母校・豊平スケートクラブの児童:
「すばらしい大先輩だと思う」
選手として最後の記者会見。すがすがしい表情で臨みました。
小平奈緒選手:
「この会場で五輪が開かれたことが私にとっては運命的な出会いだった。その会場で地元の皆さんに包まれてレースができたのは、本当にいい時間だった。(自分が出場した)五輪以上に、きょうの空間が自分の中で大きな宝物になった。気持ちよく次のステップへ進める、歩みを進められるなと」
22日朝、長野市のエムウェーブにできた長い行列。スタンドは、6085人の観衆でほぼ満席となりました。視線の先はラストレースの小平奈緒選手。
小平奈緒選手:
「今まで積み上げたものをすべて氷にのせたい。ただその思いだけ」
小平選手は茅野市出身。スケート靴を初めて履いたのは2歳の時です。「世界の頂点」を目指すきっかけは、小学校5年生の時に見た長野オリンピックでした。清水宏保さんが満員のエムウェーブで金メダルを獲得。「私もあの景色を見たい」と夢を追うようになりました。
練習に打ち込み中学・高校時代には日本一に。信州大学に進学してから、結城匡啓コーチの下でさらに力を伸ばします。
ただ、世界の壁は高く、初出場のバンクーバーオリンピックは、女子団体追い抜きで銀メダルを獲得したものの、女子500メートルは12位。続くソチオリンピックも500メートルは5位でした。
さらなる速さを追い求めその後、2年間、オランダで単身武者修行。ひた向きに努力を重ねる姿はまさに「氷上の求道者」でした。
小平奈緒選手(2017年):
「究極に自分に集中するというところが、前と変わったところ。自分というライバルを超えていかなければいけない。女子の中で誰も滑ったことのないスピードで滑りたり」
才能が一気に開花し、ワールドカップでも2016年から連勝を続けます。そして31歳で迎えた2018年の平昌オリンピック。500メートルで日本の女子スケート陣初の「金メダル」を獲得。ライバル、イ・サンファ選手との友情も感動をもたらしました。
しかし、連覇が期待された今年の北京オリンピックは右足のけがの影響で結果は残せませんでした。
北京オリンピックから2カ月後―。
小平奈緒選手(4月の会見):
「私、小平奈緒は今年10月の全日本距離別選手権を競技人生のラストレースとすることを決意しました」
迎えたラストレース当日。エムウェーブは長野オリンピックのように満員に。小平選手の両親も会場で見守りました。
スタートからぐんぐん加速する小平選手。同走の選手を追い上げ、さらにスピードにのります。
37秒49の好タイムで優勝。有終の美を飾りました。
直後には次のレースに配慮し、拍手を抑えるよう求める仕草も。小平選手らしい一幕でした。
小平奈緒選手:
「皆さんのぬくもりを感じながらスケートリンクを去ることができるのは、本当に幸せな時間でした」
父・安彦さん:
「無事に終わってよかったね。いいレースを見させてもらってありがとう」
母・光子さん:
「多くの皆さんに支えてもらいながらここまでくることができて、ありがとうございます」
茅野市のスケートクラブの児童:
「速くてかっこよかった。小平さんくらいになれるように頑張って練習する」
母校・豊平スケートクラブの児童:
「すばらしい大先輩だと思う」
選手として最後の記者会見。すがすがしい表情で臨みました。
小平奈緒選手:
「この会場で五輪が開かれたことが私にとっては運命的な出会いだった。その会場で地元の皆さんに包まれてレースができたのは、本当にいい時間だった。(自分が出場した)五輪以上に、きょうの空間が自分の中で大きな宝物になった。気持ちよく次のステップへ進める、歩みを進められるなと」

