
「阿島傘」の魅力を広めようと取り組む水谷槙さん
江戸時代から伝わる長野県喬木村の「阿島傘」。その生産者はいまや2人だけです。そのうちの一人は「伝統を守りたい」と7年前に村に移住した女性で、阿島傘の魅力を広めようと、奮闘しています。
■「雨の音が違う」伝統の和傘

阿島傘 一凛・水谷槙さん
阿島傘とは、和紙で作られた伝統の和傘です。
作るのは一つ一つ手作業。1本完成するのに約2カ月かかります。
この阿島傘を作っているのは、喬木村に住む水谷槙さん(43)です。
阿島傘 一凛・水谷槙さん:
「和傘って和紙なので雨の音とか違う。時間がたつと少しずつ色味が変わっていく。そこも愛着につながるというか、洋傘にはない魅力かなと」
■職人の腕が試される「天井張り」

天井張り
特に緊張するのが、傘の頭に和紙を張る「天井張り」です。
水谷槙さん:
「傘屋は他人の傘を見るときに、天井を見るんですよね。ここでうまい、下手が判断されてしまうので。めちゃめちゃ難しいです。すごく練習しました」
傘の骨に沿って和紙を押し込むための道具。
水谷槙さん:
「(和傘の)他の産地だと、この道具を『くちばし』っていうんですけど、喬木村だと、『いのつめ』って言ってイノシシの爪。山が近い喬木ならではの道具の名前」
江戸時代から300年以上続く「伝統の世界」です。
■元SEが伝統工芸の世界へ

元システムエンジニアの水谷さん
水谷さんは千葉県出身で、都内でシステムエンジニアとして働いていました。
伝統工芸にも興味があり、偶然見かけたのが喬木村の地域おこし協力隊の募集でした。
水谷槙さん:
「偶然、喬木村で阿島傘やりませんかと募集しているのを見つけて、これだと思って」
2019年に喬木村へ移住。
協力隊として働きながら、保存会や生産者に教わり、傘づくりを始めました。
水谷槙さん:
「手順を覚えるのはできるんですけど、やってもきれいには張れない。試行錯誤していたのが大変だった。改善していってピタッとうまく張れた時にめちゃくちゃ楽しいです」
■職人1人に…危機的状況を知り決意

菅沼商店6代目・中村八代子さん(2018年取材)
阿島傘は江戸時代、関所守が腹痛に苦しむ旅人を助けたところ、そのお礼に傘の作り方を教わったのが始まりといわれています。
ピーク時は100軒以上の傘屋がありましたが、戦後、洋傘が普及し徐々に衰退。
昭和末期には生産者が1軒のみとなり、6代目の中村八代子さんが唯一の職人でした。
菅沼商店6代目・中村八代子さん(2018年取材):
「長く続いていってくれればいいんだけれど、そのことが一番の問題」
水谷槙さん:
「(職人となることを決意したのは)喬木に職人がお一人しかいないっていうことを聞いて、それはまずいのではとなって、危機的状況を知ってというのが大きい」

