
軽井沢町のスキーバス事故で犠牲になった田原寛さん(当時19歳)
大学生など15人が死亡したスキーバス事故です。事故で次男を失った田原義則さんは、「死を無駄にしない」と、安全運行への提言や事故の教訓を語り継ぐ活動を続けてきました。事故から1月15日で10年。「教訓が忘れられることがないよう、これからも目を光らせていく」としています。

墓参りに訪れた田原義則さん 事故で次男・寛さんを失う
1月11日の京都府舞鶴市。雪が降りしきる中、墓参りに訪れたのは田原義則さん(60)です。
墓には、軽井沢町のスキーバス事故で犠牲になった次男の寛さん(当時19歳)が眠っています。寛さんの好物のイチゴも。
事故から1月15日で10年です。

長野県軽井沢町の国道でスキーツアーバスが道路脇に転落 2016年1月
2016年1月15日未明、長野県軽井沢町の国道でスキーツアーバスが道路脇に転落した事故。乗客の大学生など15人が死亡、26人が重軽傷を負いました。
当時、大学2年生だった寛さんも帰らぬ人となりました。
遺族会 代表・田原義則さん(2016年2月):
「事故から3週間余りたったが、大切な家族を亡くした悲しみは、到底癒えるものではない。同じ思いを持った遺族が思いを共有して励まし合うことから、一歩前に進むことができると思う」

田原義則さんと次男の寛さん
深い悲しみに暮れる中、田原さんは複数の遺族と遺族会を結成し、同じような惨事を繰り返さないための活動を始めました。
事故後の調査では、ツアー会社が「下限割れの運賃」でバスを手配していたことが判明。また、運行会社も出発前の点呼などを怠り、運転手が大型バスに不慣れだったことも判明しました。
命を軽んじるようなずさんな安全管理体制。遺族会は、国交省に罰則強化など再発防止に向けた提言を重ねてきました。
こうした声は国を動かし、罰則強化などを盛り込んだ道路運送法の改正や、全国10カ所に設置された「適正化センター」による抜き打ちの緊急監査の実施などが行われてきました。
田原さんを突き動かしてきたのは、「息子たちの死を無駄にしたくない」という思いです。
遺族会 代表・田原義則さん:
「あの事故を無駄にしたくない、二度とあんな悲惨な事故が起こらないように社会を変えるように働きたいと。とにかく事故の再発防止のため何かできることがないかというのを常に考えながら10年間できることをやってきた。寛が背中を押してくれてるんじゃないかと思ってまして。いつまでもくよくよせずに、前向こうよと」

