
信州で好んで食べられてきた「塩丸いか」。しかし、近年は減塩を好む傾向やイカの値上がりの影響で消費量が減少しています。北陸の生産現場も訪ね、郷土食の今を取材しました。
夏、信州でよく食べられてきたあえ物と言えば、こちら。キュウリやワカメと一緒にあえてあるのは、おなじみの「塩丸いか」。イカをゆでで、まるごと塩漬けにした保存食です。
松本市のスーパー「魚万汲田」は、夏の時期、塩丸いかを店頭に並べています。この日も次々と市民が買い求めていました。
客:
「ちょっと暑いとさっぱりしたものがいいんじゃないかと思って、キュウリと酢の物みたいにあえようかな」
「子どものころから食べてます。うちのおふくろも大好きだったので(夏の)定番ですね」
魚万汲田・汲田和穂社長:
「信州松本の人、みんな好きですよ。小さい時から食べ慣れたのでしょうかね。夏の食として、このちょっと塩気のあるものは、この暑いときにさっぱりとしていいのでは」
塩丸いかは江戸時代の末ごろから流通していたとみられています。小説家・田山花袋は、大正時代に発表した紀行文の中で、小諸に住んでいた友人・島崎藤村から「烏賊の塩漬けにした」ものを贈られたと書いています。
長野県立大学・中澤弥子教授:
「珍しいもの、正月のごちそうとして用いたなどの記載がありますので、大事な、貴重な食べ物であったとうかがえる。(食べ継がれているのは)長野県の方が、郷土料理を大事にしていらっしゃるということも大きな影響だと思う」
冷凍・冷蔵技術のない当時、信州に入ってくる海産物は乾物か塩漬けにしたものが多かったと言います。塩丸いかも日本海側から「塩の道」などで運ばれ、特に中南信地域で好まれてきました。岐阜県などでも食べられていますが、全国の消費量のおよそ9割を長野県が占めると言われています。
その人気を受けて県内にも加工業者がありましたが、2011年に唯一残っていた業者が事業を停止しました。実は10年以上前から塩丸いかの消費に「変化」が生じています。
理由を探るため、福井県へ。こちらは塩丸いかを製造している山下水産です。工場には大量のイカ。全てニュージーランドから輸入したものです。作り方を見せてもらいました。
まず、内臓を取り大きな釜でゆでます。
担当者:
「(ゆで具合は)感覚ですね。何分とか言われてもイカの大きさもバラバラなので、経験というか慣れで、どのくらいかなという感じですね」
5分ほどゆでたら機械で皮をむきます。残った皮を丁寧にとり除きます。そのあと、胴体とげそに分けて、塩をもみこみます。
山下水産・山下泰彦社長:
「おいしい塩丸いかを食べてもらうには、どうしても手作業で1個1個作っていく」
そのまま1日置き、翌日、胴体にげそを詰めてパック詰め。冷凍させたら完成です。多くが手作業の製法は35年間ほとんど変わっていません。パッケージには「信州の味」と印字されています。
山下水産・山下泰彦社長:
「出荷先で言いますと、ほとんどが長野県ですね。ただ岐阜県の一部にも出荷しています。福井県内ではほとんど消費されないですね」
しかし、出荷量はこの10年ほどで半減したということです。
山下水産・山下泰彦社長:
「時代の流れで減塩傾向が進んでいるのもあるし、あとはイカの値段、イカの不漁、世界の市場に負けているというのもあって原料の値段が上がっている。それを製品に転嫁した場合、どうしても値段が上がってしまうので、それも影響の一つ」
「減塩」を好む傾向が定着し、塩丸いかの消費量は減少傾向です。加えて国内のイカは不漁続き。輸入のイカも値上がりして、山下水産もこの10年間で250円ほど価格を上げており、これも消費量減少の要因になったと言います。一時、製造中止も考えたそうですが…。
山下水産・山下泰彦社長:
「一度やめようと言った時に、『長野の食文化がなくなるから、ぜひ続けてください』とお願いされたこともありまして、自分の生きてるうちくらいは精いっぱい作ろうかなと思ってます。長野の人たちに、おいしい塩丸いかを食べてもらいたい気持ちの責任感だけで頑張ってやってます」
冒頭で紹介した松本市の「魚万汲田」もこの4年ほどで店頭価格を300円以上上げています。
魚万汲田・汲田和穂社長:
「オーバーなこと言えば倍近くなった、4、5年前から」
それでも「伝統の味を守りたい」と、汲田社長は、夏にぴったりのアレンジメニューを提案しています。
一晩、水に漬けて塩抜きした塩丸いかとキュウリをあえたマヨネーズあえ。そしてこちらは塩丸いかに、刻んだ大葉とミョウガを混ぜ、だしじょうゆで味つけしたもの。
記者が試食させてもらいました。
(記者リポート)
「ミョウガと大葉のさわやかな香りが口の中にいっぱい広がります。イカの弾力もあって夏にすごくぴったりです」
魚万汲田・汲田和穂社長:
「ちょっと高くなっちゃったのが玉にきずですけど、ぜひ食していただきたい」
伝統の味を守る動きは、学校でも。諏訪市の諏訪南中学校は、自校給食に郷土食を積極的に取り入れています。7月末のメニューの一つがこちら。塩丸いかや諏訪地域特産の糸寒天を入れたあえ物です。年に3回は、塩丸いかを給食に取り入れています。
諏訪南中学校・北村準平栄養教諭:
「郷土食を食べない家庭も増えてきたりして、年に数回出すことで子どもたちの印象に残ったり、『あ、これが長野県の郷土食なんだ』というふうに理解してもらえるかなと思って、伝えていかないとなくなってしまうので、意識して伝えていきたい」
ちなみに長野県立大の中澤教授の調査では、県内の学校給食で取り入れられている郷土食としては、塩丸いかは五平餅に次いで2番目でした。
長野県立大学・中澤弥子教授:
「文化の象徴のように思うんですね、大事にしてほしいという思いがあります」
信州の夏を代表する味となった塩丸いか。苦境の時を迎えていますが、同時に、食文化として守ろうとする人々の姿もありました。
夏、信州でよく食べられてきたあえ物と言えば、こちら。キュウリやワカメと一緒にあえてあるのは、おなじみの「塩丸いか」。イカをゆでで、まるごと塩漬けにした保存食です。
松本市のスーパー「魚万汲田」は、夏の時期、塩丸いかを店頭に並べています。この日も次々と市民が買い求めていました。
客:
「ちょっと暑いとさっぱりしたものがいいんじゃないかと思って、キュウリと酢の物みたいにあえようかな」
「子どものころから食べてます。うちのおふくろも大好きだったので(夏の)定番ですね」
魚万汲田・汲田和穂社長:
「信州松本の人、みんな好きですよ。小さい時から食べ慣れたのでしょうかね。夏の食として、このちょっと塩気のあるものは、この暑いときにさっぱりとしていいのでは」
塩丸いかは江戸時代の末ごろから流通していたとみられています。小説家・田山花袋は、大正時代に発表した紀行文の中で、小諸に住んでいた友人・島崎藤村から「烏賊の塩漬けにした」ものを贈られたと書いています。
長野県立大学・中澤弥子教授:
「珍しいもの、正月のごちそうとして用いたなどの記載がありますので、大事な、貴重な食べ物であったとうかがえる。(食べ継がれているのは)長野県の方が、郷土料理を大事にしていらっしゃるということも大きな影響だと思う」
冷凍・冷蔵技術のない当時、信州に入ってくる海産物は乾物か塩漬けにしたものが多かったと言います。塩丸いかも日本海側から「塩の道」などで運ばれ、特に中南信地域で好まれてきました。岐阜県などでも食べられていますが、全国の消費量のおよそ9割を長野県が占めると言われています。
その人気を受けて県内にも加工業者がありましたが、2011年に唯一残っていた業者が事業を停止しました。実は10年以上前から塩丸いかの消費に「変化」が生じています。
理由を探るため、福井県へ。こちらは塩丸いかを製造している山下水産です。工場には大量のイカ。全てニュージーランドから輸入したものです。作り方を見せてもらいました。
まず、内臓を取り大きな釜でゆでます。
担当者:
「(ゆで具合は)感覚ですね。何分とか言われてもイカの大きさもバラバラなので、経験というか慣れで、どのくらいかなという感じですね」
5分ほどゆでたら機械で皮をむきます。残った皮を丁寧にとり除きます。そのあと、胴体とげそに分けて、塩をもみこみます。
山下水産・山下泰彦社長:
「おいしい塩丸いかを食べてもらうには、どうしても手作業で1個1個作っていく」
そのまま1日置き、翌日、胴体にげそを詰めてパック詰め。冷凍させたら完成です。多くが手作業の製法は35年間ほとんど変わっていません。パッケージには「信州の味」と印字されています。
山下水産・山下泰彦社長:
「出荷先で言いますと、ほとんどが長野県ですね。ただ岐阜県の一部にも出荷しています。福井県内ではほとんど消費されないですね」
しかし、出荷量はこの10年ほどで半減したということです。
山下水産・山下泰彦社長:
「時代の流れで減塩傾向が進んでいるのもあるし、あとはイカの値段、イカの不漁、世界の市場に負けているというのもあって原料の値段が上がっている。それを製品に転嫁した場合、どうしても値段が上がってしまうので、それも影響の一つ」
「減塩」を好む傾向が定着し、塩丸いかの消費量は減少傾向です。加えて国内のイカは不漁続き。輸入のイカも値上がりして、山下水産もこの10年間で250円ほど価格を上げており、これも消費量減少の要因になったと言います。一時、製造中止も考えたそうですが…。
山下水産・山下泰彦社長:
「一度やめようと言った時に、『長野の食文化がなくなるから、ぜひ続けてください』とお願いされたこともありまして、自分の生きてるうちくらいは精いっぱい作ろうかなと思ってます。長野の人たちに、おいしい塩丸いかを食べてもらいたい気持ちの責任感だけで頑張ってやってます」
冒頭で紹介した松本市の「魚万汲田」もこの4年ほどで店頭価格を300円以上上げています。
魚万汲田・汲田和穂社長:
「オーバーなこと言えば倍近くなった、4、5年前から」
それでも「伝統の味を守りたい」と、汲田社長は、夏にぴったりのアレンジメニューを提案しています。
一晩、水に漬けて塩抜きした塩丸いかとキュウリをあえたマヨネーズあえ。そしてこちらは塩丸いかに、刻んだ大葉とミョウガを混ぜ、だしじょうゆで味つけしたもの。
記者が試食させてもらいました。
(記者リポート)
「ミョウガと大葉のさわやかな香りが口の中にいっぱい広がります。イカの弾力もあって夏にすごくぴったりです」
魚万汲田・汲田和穂社長:
「ちょっと高くなっちゃったのが玉にきずですけど、ぜひ食していただきたい」
伝統の味を守る動きは、学校でも。諏訪市の諏訪南中学校は、自校給食に郷土食を積極的に取り入れています。7月末のメニューの一つがこちら。塩丸いかや諏訪地域特産の糸寒天を入れたあえ物です。年に3回は、塩丸いかを給食に取り入れています。
諏訪南中学校・北村準平栄養教諭:
「郷土食を食べない家庭も増えてきたりして、年に数回出すことで子どもたちの印象に残ったり、『あ、これが長野県の郷土食なんだ』というふうに理解してもらえるかなと思って、伝えていかないとなくなってしまうので、意識して伝えていきたい」
ちなみに長野県立大の中澤教授の調査では、県内の学校給食で取り入れられている郷土食としては、塩丸いかは五平餅に次いで2番目でした。
長野県立大学・中澤弥子教授:
「文化の象徴のように思うんですね、大事にしてほしいという思いがあります」
信州の夏を代表する味となった塩丸いか。苦境の時を迎えていますが、同時に、食文化として守ろうとする人々の姿もありました。