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「外国人いらない」と4回断られても 長野のりんご農家に嫁いだタンザニア人女性 30年間で2800万円を母国支援 黒人差別乗り越え「価値は一緒」貫く

■タンザニアから信州長野のりんご農家へ 

約30年前 日本に来た頃の小林フィデアさん

長野県飯綱町のりんご畑で働く小林フィデアさん。アフリカ・タンザニアから日本にやってきて30年、農家の嫁として、レストランスタッフとして、そして、母国の子どもたちを支援する活動家として生きてきました。「畑仕事やったことない。でも楽しい、りんごは」。そう笑顔で語る彼女の人生には、国境を越えた深い物語がありました。

■「外国人いらない」4回断られても

勤務先のレストランで客と記念撮影

青年海外協力隊員だった夫・一成さんと結婚し、飯綱町にやってきたフィデアさん。町内のレストランで働くこと28年、すっかり名物スタッフです。

一成さんは「親父が、フィデアがいればラジオいらねえやって」と、父親の言葉を今でも覚えています。

しかし、日本での生活は、決して平坦ではありませんでした。資格を取ろうとした時、「外国人いらない」「黒人ダメ」と4回も断られます。

それでもついに受け入れてくれたのは、目の見えない人でした。

「泣いて嬉しかった」とフィデアさん。

この経験が「価値は一緒。国が違っても、言葉が違っても、肌の色が違っても価値は一緒だよ」という信念を強めました。

■ジャムと寄付金で母国に施設を

 

フィデアさんの母・レジーナさんは、タンザニアで孤児となった子どもたちを自宅で世話していました。その姿を見てきたフィデアさんは、日本から母国を支援することを決意します。

2010年、職場や友人の力を借りてNPO法人を設立。勤め先のサンクゼールでは「フィデアジャム」を開発し、売上の一部をタンザニアへ寄付する取り組みを始めました。

個人からの寄付金も募り、2017年までに子どもたちが暮らす施設2棟が完成。8年間で集まったジャムの支援金は、約2800万円にのぼります。

「日本とタンザニアをつなぐ、かけはしですね」

フィデアさんの言葉には、二つの国への深い愛情が込められています。

■「あなた来てよかった」義母の本音

義母の介護をする小林フィデアさん

夕方、フィデアさんは義母の静子さんをお風呂に入れます。お風呂の時間は、二人にとって特別な時間です。

「お母さんの一番楽しい時間はね、お風呂の時間」とフィデアさん。

静子さんから打ち明けられた言葉を、彼女は今でも忘れません。

「私、謝らなきゃいけないことあって、フィデアね、ここにお嫁に来ること大反対してたよって。でもあなた来てよかったって言われた」

30年前、遠いアフリカからやってきた一人の女性は、今では飯綱町のりんご畑に、そして地域に、なくてはならない存在になっています。

※この記事は2026年1月16日にNBS長野放送でOAした「フォーカス信州 愛はポレポレ~小林フィディアの生きる道~」をもとに構成した内容です。(全3回の記事その1)

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