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官庁街と共に…おかあちゃん85歳の焼き鳥店 亡き夫と立ち上げ45年 昔ながらの変わらぬ「ひと時」を

長野市の「官庁街」にある焼き鳥店です。店主は客から「おかあちゃん」と慕われる85歳の女性です。亡き夫に代わって店を営み、変わりゆく街の中で、昔ながらのひと時を守っています。

赤ちょうちんにいざなわれて、のれんをくぐると…香ばしい焼き鳥の匂い。「ねぎま」に「つくね」、それに「もつ焼き」。

ここは長野市の県町通りにある焼き鳥店「平ちゃん」。一本西の県庁通りには県庁をはじめ、議員会館や裁判所、合同庁舎などがあり一帯はいわば「官庁街」となっています。

店主・八田シヅ子さん(85):
「温かいうちに食べるとおいしいからね」

店のあるじは八田シヅ子さん85歳。常連客からは…

常連客:
「(何と呼んでいる?)おかあちゃんですね」

店主・八田シヅ子さん(85):
「『おかあちゃん』と言われるんです。たまに『ばあやん』と言われるけど(笑)。(店名は?)主人の名前が『平治』という名前で、町の人に『平ちゃん、平ちゃん』と呼ばれていたから」

「平ちゃん」のオープンは1977年。きっかけは夫・平治さんの「思いつき」でした。

店主・八田シヅ子さん(85):
「昔は自転車店だったんです、ここは。主人が商店会の会合に出て、通りに焼き鳥屋さんがあったらという話になったのではと思うけど。『焼き鳥屋さん、やる』と言いだして、『えっ』と思ったんだけど」

いきなり自転車店から焼き鳥店へ。シヅ子さんは、洋裁の仕事をしていて手先が器用だったことから「串打ち」を任せられました。手探りで始めた店ですが、平治さんとの陽気な接客とシヅ子さんの作る焼き鳥で、徐々に客が増えてきました。

店主・八田シヅ子さん(85):
「(どういう客が多かった?)やっぱり県職員、公務員の方」

しかし、店がようやく軌道に乗り始めたとき…

店主・八田シヅ子さん(85):
「私がそっちで串刺しして、主人は掃除してて、そしたら前にのめってきたから慌てて奥に入れて、その時はもうだめだった。脳内出血、一番太い管が切れちゃったんですって」

オープンから7年目、平治さんが亡くなりました。(享年52)

店主・八田シヅ子さん(85):
「商売はどうしようと思いましたね…。半年、3カ月くらい、やらなかったかな。お客さんはいいお客さん、多かったね…。『がんばれや』と言われたのかな。その時、思い出すと…泣けちゃう」

客の後押しもあり、以来、「平ちゃんのおかあちゃん」として店を守ってきました。オープンから45年。県庁通りはさほど変わっていませんが、店のある県町通りは大きく変わりました。

店主・八田シヅ子さん(85):
「その時(開店当初)はお店いっぱいありました。八百屋さんはあり、雑貨屋さんはあり、何でもこの町でそろったから」

長野オリンピック以降、長引く景気低迷もあって店が減り、人通りも少なくなりました。

店主・八田シヅ子さん(85):
「本当に、うちの赤ちょうちんしかこの通りにはなくなって。今は寂しいなと思います、暗くなっちゃって…」

そうした中も、昔と変わらぬ「平ちゃん」でのひと時を求め、常連客が通っています。こちらのボトルには「253」という数字が…。

常連客:
「仲間でここに来た時に焼酎を飲んで、空けた人が入れる。それで25年くらいで、この本数。ここに来るのを楽しみに仕事がんばる感じ。『おかあちゃん足どう』と話しながらも、おかあちゃんの顔見ると(自分が)ホッとして」

午後6時半過ぎ、店に入ってきたのは息子の信治さん。会社が終わると「平ちゃん」を手伝いにやってきます。

息子・信治さん:
「(10年前)母親がけがをしたので、ちょっと大変だということで、仕事終わってから手伝えればと」

夫婦で始めた「平ちゃん」は今、親子で営んでいます。この日も続々と常連客が…

店主・八田シヅ子さん(85):
「いらっしゃい。よかった、来てくれて」

常連客:
「適当に、いつもの5本」

店主・八田シヅ子さん(85):
「はい、どーぞ」

常連客:
「「いつもの」とは?)ねぎまです。絶対、ここの店ではタレ。(通うようになったのは?)20年くらい前だよね。亡くなった父がよく来ていて、私もいつかお酒が飲めるようになったら、絶対来たいなという時にお父さんが亡くなって、『お父さんは、どういうものを食べていたんだろう、飲んでいたんだろう』と思って、ここに来て、今に至るという感じ」

亡くなった父の面影を求めて通うようになった女性。でも、今は…。

常連客:
「(シヅ子さんはどんな存在?)かあちゃんだね、(信治さんは)兄ちゃんだね。普通に家の食卓みたいな」

店主・八田シヅ子さん(85):
「お客さんが喜んでくれて、おいしいと言われるのが一番うれしい」

息子・信治さん:
「店をやっていることで元気でいられると思うので、とにかく元気で一日でも長くやれるのが一番」

記者:
「親子で働いている姿、天国の平治さんは…?」

息子・信治さん:
「どうでしょうね…」

店主・八田シヅ子さん(85):
「どうだろうね、喜んでいるんじゃないかと思う」

移ろう時代と街並みの中で…赤ちょうちんの先にはいつもと変わらぬ『おかあちゃんの笑顔』がありました。

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