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産経新聞 長野版で毎週木曜に掲載されている、「NBS アナウンサーブログ VOICE」の記事をご紹介するページです。
アナウンサーがテレビで見せる顔とはまた違う一面を、コラムを通してお届けします!

吉岡 麗 「ゴルフに挑戦!」 (2022年8月4日掲載)

 先月、“楽しむゴルフ”を目的にした「ジョイ&ビギナーズゴルフ大会」に参加しました。
 全くの初心者の私も、特別番組の取材を兼ね、この大会に向けてゴルフを始めたビギナーの1人です。プロ・コーチのレッスンを受け仕事終わりや休みの日にも練習場に足を運びました。何打かに一度、良いショットが打てるようになりましたが、体で感覚をつかむのはとても難しかったです。
 大会本番では、ラフからなかなか出せない、パッティングが決まらないなど悪戦苦闘し、スコアは161。悔しさが残る内容でしたが、一緒に回った方々に攻略法を教えていただきながら楽しくラウンドすることができました。
 インタビューした90歳近い参加者の方々も「年齢関係なく楽しめるのがゴルフ魅力」と話していました。その言葉通り、皆さん仲間と笑い合ったり悔しがったりと、生き生きプレーする姿が印象的でした。
 私自身もゴルフの面白さに触れることができたので、これからも娯楽の一つとして楽しんでいきたいです。そして、来年のチャレンジに向けて練習を重ねます!

小宮山瑞季 「洋傘づくりは、わが命」 (2022年7月28日掲載)

 長野市の善光寺門前に、洋傘の製造・販売・修理を一貫して行う「三河屋洋傘専門店」があります。明治10年創業で、その3代目が、北沢良洋さん89歳。店内には約2500本の傘が並び、すべて北沢さんの手作りです。
 17歳のときに先代の父親に弟子入りしてから、洋傘一筋70年。作業を見ると、どれも細かく繊細な作業です。それを70年以上続けるのは大変かと思いましたが、北沢さんは「地味な仕事だけどお客さんに喜ばれる。人に喜ばれる仕事はいいよ」と笑顔で話します。
 愛される傘に、長く使える丈夫な傘に、と心を込めて作る北沢さん。私が「北沢さんにとって洋傘づくりとは何か」と問うと、「わが命かな」と答えてくれました。針一本糸一本かもしれませんが、愛を込めて通していて、買ってくれるお客さんのため、傘に自分の命を吹き込んでいます。
  長野放送ニュースのYouTubeチャンネルで、動画を公開中。北沢さんのスゴ技と傘づくりのこだわりをぜひごらんください。

小川功二 「新しい自分との出会い」 (2022年7月21日掲載)

 皆さん、仕事上で思わぬ発見をしたという経験はありますか?
 私の場合は「新しい趣味」です。長野放送に入社したのは平成26年7月。ちょうど8年前です。
 それまでは音楽といえば邦楽しか聴かなかったのですが、ある日、番組の編集をしていた時、たまたま洋楽のBGMを使ってみたところピタリと自分のイメージに合ったことがありました。それ以降、仕事でもプライベートでも洋楽を聴くようになり、今や洋楽のとりこになっています。
 もうひとつは「好きな食べ物」でしょうか。実は最近までイクラを苦手としていた私。ただの食わず嫌いだったのですが、先日、新潟での取材でイクラとウニの丼ぶりを食レポする展開がありました。思い切って口に入れたところ、あまりのおいしさに感動!イクラに対する価値観が一変しました。この仕事をしていて良かったと改めて感じました。
 さて、その新潟取材の模様は、明後日(23日)の「土曜はこれダネッ!」(午後6時~)で放送します。どうぞごらんください。

宮本利之 「異例の選挙を終えて」 (2022年7月14日掲載)

 参院選が終わりました。その選挙戦のさなか、安倍晋三元首相が凶弾に倒れるという、あってはならないことが起きました。暴力による言論の弾圧は民主主義の否定にほかなりません。
 私たち有権者が政治に対してもの申す最も身近な方法が、選挙での投票です。当然のことながら自分が投票した候補や政党が勝つとはかぎりません。たとえ勝ったとしても、その一票が、自分の思い描く社会に進んでいくためのものになるとも限りません。
 それでも、票を投じることは、この国の行く末に対しての有権者の覚悟を示すことにつながると思うのです。だからこそ、街頭演説という、一票を託す判断する大事な場での凶行は断じて許されるものではありません。
 一方でこのセンセーショナルな出来事が時代を動かすきっかけとなることがないよう、政治家のみなさんには、冷静かつ慎重に国のかじ取りをしてほしいと切に願います。

大谷香奈絵 「それもいいよね」 (2022年7月7日掲載)

 私事ですが、秋に第3子の出産を控え、まもなく産休に入らせていただきます。「3人目だから慣れたものでしょ」と言われますが、経験しているからこその不安があります。
 第1子はアナウンストレーニングで培った腹式呼吸で自分でも驚くほど冷静に迎え、「こんな私でも出産できた!」と驚きと感動に包まれました。第2子は、あまりにも陣痛から分娩(ぶんべん)までの時間が短く…。果たして今回は?
 気がつけば、「ドンドン」と主張するようにおなかの中でキックしてくる赤ちゃん。こんなに大きくなって…と思い出したようにおなかをさする母をどうか許してね。
 「まぁいっか」「それもいいよね」母親になってそんな口癖が増えました。これまで自分なりの考えを大切に選択してきたけれど、子育て中はどうにもならいことがほとんど。ある意味、いろんな可能性を「諦めて、諦めて」。でもそれは決して後ろ向きではなく、信念さえぶれなければ、限られた中で可能性を広げていく楽しさを最近は感じられるようになりました。仕事も、家庭も、しなやかに前向きに進化していけたら。ママさんたち、一緒にゆるやかにがんばりましょう!

重盛赳男 「『サウナ王国』信州?」 (2022年6月30日掲載)

 「サウナブーム」と言われ久しい昨今。2年前のこのコラムで触れたサウナ取材以来、私もすっかりサウナ愛好家「サウナ―」の一員です。その後もサウナ取材は度々していますが、県内のサウナ界隈(かいわい)は、盛り上がり続けています。
 2年前言及したのは、信濃町のアウトドアサウナ「The Sauna」。取材当時1つだったサウナ棟は4つに増え、愛好家が集まる「聖地」となっています。
 アウトドアサウナは、その後県内に続々登場。サウナ施設に薪ストーブを提供する千曲市の事業所も全国で人気で、ニュースでも取り上げました。
 一般的な温泉施設のサウナも進化!先日取材した長野市の「権堂温泉」の目玉は、やはりサウナ。30分に一度、送風設備で熱い「爆風」が発生する最新式で、より高温を求める上級者におすすめです。
 温泉地数が全国2位で、外気浴に適した自然を多く有する信州は、今後「サウナ王国」となる予感が。観光の「持ち味」の一つとなるか、引き続き追いかけていきます!

松山航大 「アナウンサーのファーストテイク」 (2022年6月23日掲載)

 インターネット動画共有サービス「YouTube」で、音楽コンテンツ「THE FIRST TAKE(ザ・ファースト・テイク)」が流行しています。白い背景にマイクが置かれただけの空間の中、アーティストが「やり直しナシ」の一発撮りでパフォーマンスを披露。独特の緊張感や臨場感があり、注目されています。
 実はアナウンサーも、「ファーストテイク」と向き合っています。生放送のスタジオ展開や生中継リポート。これらは「やり直し」がきかないという意味では「ファーストテイク」にあたりますので、いつも以上に緊張します。
 一方、カメラで収録して編集するVTR取材の場合は、基本的に「やり直し」ができます。「リアクションを大きくしたい」「味の感想をより細かく」など、さらに良いリポートになるようテイクを重ねることもあります。
 ただ、出来上がった映像をみていると、やり直したものではなくファーストテイクが使われていることが多いのです。ディレクターいわく、「表情が自然」「感想がリアル」。やはり「ファーストテイク」の持つ力はすごい。

汾陽美樹 「“汾陽美樹”でいられる時間」 (2022年6月16日掲載)

 皆さんご無沙汰しています。お休みをいただいていた間、出産・育児という初めての経験をし、泣いたり笑ったり感動したりと忙しくも楽しい日々を過ごしていました。
 出産してから、子どもの予防接種や定期健診に行くたび、「○○くんのお母さん」「○○くんママ」と呼ばれることがほとんどで、息子の「母」として過ごす時間が多くなりました。職場復帰するまでは、子どもと長時間離れることに不安や寂しさを感じていました。しかし、いざ復帰してみると「汾陽さん」「汾陽アナ」と呼ばれ、息子の母としてではなく「汾陽美樹」としていられることに懐かしさと、ちょっぴりうれしさも感じました。
 また、育休中は子どもの写真や動画を撮るばかりで自分が撮られる機会がめっきり減っていたため、久々の番組収録の時は少し照れくささもありましたが、華やかなスタジオに立てることに入社当初のようなワクワク感が込み上げてきました。
 仕事と育児の両立は大変なことも多いですが、アナウンサーとして仕事ができる時間を満喫したいと思います。

吉岡 麗 「高校生の青春をかけた戦いに注目!」 (2022年6月9日掲載)

 6月に入り各地で全国高校総体(インターハイ)の県予選が行われています。
 私自身も高校時代、新体操部で日本一を目標に過ごしてきたので、この時期は夏がやってきたなと実感します。
 先日、松本国際高校男子バレーボール部を取材しました。令和元年のインターハイで優勝し全国一となった松本国際。しかし去年は惜しくも全国への切符を逃しました。悔しい思いをしたチームは練習への向き合い方を見直し、選手の言葉からは「今年こそは必ず日本一奪還」という強い思いが感じられました。
 高校生たちが仲間との絆を強めながらひたむきに目標に向かって突き進むところに高校スポーツの魅力を感じます。そして、自分ももう一度初心に帰って頑張ろうと思うことができるのです。
 この夏、県内の高校生たちの青春をかけた戦いに注目していきます。「週刊ながのスポーツ!」(土曜日午前10時25分~放送)でも高校スポーツをお伝えしています。放送した内容の一部はNBS公式YouTubeチャンネルでも視聴可能です。

小宮山瑞季 「名菓の復活」 (2022年5月26日掲載)

 あんこをそば粉の皮で包み、上にクルミをまぶした「くるみそば」。私の地元、上田市では定番の和菓子です。おみやげでもらうことも多く、私も幼い頃からよく食べていました。 
 作っているのは、「信濃路うさぎや」。実は去年7月、新型コロナの影響などが重なり、約70年の歴史に幕を下ろしました。しかし、農産物の生産・加工販売を行う地元の会社「ずくだせ農場」が継承。もう一度あの菓子を作りたいと、前のうさぎやで働いていた職人も戻り、今年2月再出発を果たしました。
 なかなか地元に帰ってこられない子供に送る親や、店を懐かしみ購入する客もいて、地元を感じ思い出を振り返ることができる菓子の存在は、上田の文化の1つになっているとも言えるのではないでしょうか。つまり単なる「菓子の復活」を果たしただけでなく、創業者の思いや人々の思い出などを未来へ残す「文化の継承」にもつながったと感じました。
 今後も菓子を通して、数々の思い出が生まれていくことでしょう。

小川功二 「御開帳参拝記」 (2022年5月19日掲載)

 長野市の善光寺御開帳が4月3日から始まって約1か月半。大型連休が終わったタイミングを見計らい、先日、参拝に行ってきました。
 担当した連休中5月4日の昼のニュースで「午前9時には回向柱を待つ列は仁王門前まで延び、2時間半待ちとなった」とお伝えしましたが、その時に比べると参拝者の数はだいぶ落ち着いていた印象がありました。仲見世を通りながらほとんど待ち時間なく回向柱に触れることができ、さらに僧侶が「御印文」を参拝者の頭に押し当てる「御印文頂戴」も受けてきました。
 お参りを終え記念のお守りもいただきすがすがしい気持ちで帰ろうとしたところ、本堂西側の境内の隅に色鮮やかなツツジの庭園を見つけました。歩み寄るとその庭園の近くには歴代の回向柱が立っています。その数、10本。古いものは朽ちて短くなり文字もかすれていて月日の経過に思いをはせました。
 新型コロナウイルス感染拡大防止の分散参拝で、今回の御開帳は6月29日まで開催されています。もう一度、足を運びたくなりました。

宮本利之 「信州ダービーの贈り物」 (2022年5月12日掲載)

 平成23年7月3日、南長野運動公園総合球技場(長野市)で行われたAC長野パルセイロと松本山雅の一戦、いわゆる「信州ダービー」の実況は私の忘れられない仕事の一つです。両チームが必死になって相手ゴールに迫るシーンの連続には、サッカーという競技の魅力が詰まっていました。お互いに「勝たなければならない戦い」の結果は1対1の引き分けでした。
 そして今年、11年ぶりに「信州ダービー」が帰ってきます。今月8日の長野県サッカー選手権の決勝は、松本山雅が勝利し、天皇杯出場の切符を手にしました。そして今季はJ3リーグであと2試合行われます。
 ダービーには「地域を代表」する誇りと、切磋琢磨する「ライバル関係」にあることが欠かせません。しかしそれは選手やクラブだけに向けられるものではありません。“サポーターが最高の舞台を用意する”サッカーを愛する長野県民一人一人は、日本に、世界に、誇れる「信州ダービー」を作り上げる大事な役者でもあります。
 さあ11年ぶりの「信州ダービー」を楽しみましょう。

大谷香奈絵 「世界平和を願うのならば…」 (2022年5月5日掲載)

 「この青さ…ウクライナの空の色。早く戻ってほしいです。」
 満開のオオイヌノフグリの写真に添えられていたこの言葉。「NBSみんなの信州」内の視聴者の皆さんの写真を紹介するコーナーに投稿していただいた一枚です。ウクライナがロシアの侵攻を受け続け2カ月余り。多くの人が心を痛めています。
 県内でも高森町でウクライナからの避難民受け入れが始まったり、支援金を募るための演奏会が開かれたり、支援の輪が広がりつつあります。一方で、私には何もできることがないと心苦しく思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 ふと、こんな言葉を思い出しました。「世界平和を願うのなら、まずは、自分の家族を愛してください。愛しい人を守ろうと決心すれば、おのずと行動も決まり、世界平和が訪れる」。
 学生の頃、インドで、差別を受けている人たちが住む村でトイレ作りを手伝った際、現地のインド人男性が話してくれた言葉です。彼は危険と隣り合わせの中、差別や核の廃絶運動を続けています。それはすべて、愛しい家族が幸せに生きるためだと。
 「世界平和」というと、どこか大それていて自分の力ではどうにもならないような気がしますが、彼の生きる原点の言葉が、今また深く心に響いています。