【特集】キッチンカーで届ける『喫茶店の味』 名物「たらこスパゲッティ」 父の喫茶店を支える息子

【特集】キッチンカーで届ける『喫茶店の味』 名物「たらこスパゲッティ」 父の喫茶店を支える息子
特集はキッチンカーです。長野県上田市の男性がコロナ禍で苦境に立つ実家の喫茶店を支えようと、名物のスパゲティの出張販売に乗り出しています。

新型コロナの感染拡大で飲食店などが、キッチンカーを手掛けるケースが増えています。こちらのキッチンカーが提供しているのは、クリームたっぷりのスパゲティ。

客:
「おいしいです」

営んでいるのは上田市の君波彰吾さんです。

君波彰吾さん:
「少しでもおいしいものを届けられればと思ってます」

君波さんは以前からキッチンカーを走らせています。扱っていたのはラーメンです。

2019年の台風19号災害を受け、「キッチンカーで被災地を回ろう」と脱サラしてフランチャイズの移動販売を始めました。

当時の利用客:
「おいしい。麺がモチモチして」
「身近に来てもらって、おいしいものが食べられるのは、すごくいいことだと思う」

ラーメンの移動販売は好評でしたが、今年4月からスパゲティに切り替えました。これには訳があります。

上田市真田町の喫茶店「Kimik(キミック)」。君波さんの実家です。

マスターは71歳になる父親の英治さん。

昭和53年(1978)の開店当初から人気なのがスパゲティです。

君波さんの父・英治さん(Kimikのマスター):
「(一人前で)乾麺で200グラムですから、普通の大人ならお腹いっぱいになっちゃう。おいしさもボリュームも、満点を目指している」

ゆで上げたスパゲティをボウルに移し、絶秒に熱を入れながらたっぷりのたらことクリームであえれば、一番人気「たらこスパゲティ」の完成です。(店頭価格1180円)

地元客:
「めちゃくちゃおいしい。お腹いっぱい食べられます」
「癖がなくツルっと食べられるところが好き」

スパゲティの味とボリュームで、店は地元住民を中心に40年余り愛されてきました。

しかし、新型コロナの影響で、去年の春から客足は例年の6割ほどに落ち込んでいます。

君波さんの父・英治さん(Kimikマスター):
「外食というものが敬遠されちゃっているかな...。本当に来ない日は数えるくらいしかお客さんが来ない」

息子の君波さんにとってもスパゲティは思い出の味。

そこで、苦境が続く店を支えようと、ラーメンの移動販売をやめてキッチンカーを一部改装し、スパゲティの出張販売に乗り出したのです。

君波彰吾さん:
「自分の実家を見ていて、自分がやっていくのはこっちだと思って。(店を)守るというか、新しい形で継続していくしかないなと」

始めてまだ5カ月ほどですが、外食しにくくなった店のファンなどから引き合いがあります。

君波彰吾さん:
「『行きたいけどやっぱり行けない』という声もいっぱい聞きまして、自分で行くのがお客さんにとっても面白いかなって」

父・英治さんが出発を見送る...。

Kimik・父・英治さん:
「気をつけてな~、ゆっくり行け~」

君波彰吾さん:
「小さい頃から慣れ親しんだ味を他の人と共有できるところはうれしいですよね」

この日、向かったのは上田市内のガス会社。先月から月に一度、ランチタイムに出張しています。

麺の量は店で出す半分ほどですが、値段は800円均一。人気の「たらこ」の他、チャーシューが入った和風スパゲティなど、日替わりで3~4種類ほどを提供しています。手軽に店の味が楽しめると好評です。

従業員:
「いつもはコンビニなので、作り立てがおいしい」
「コロナ禍になっちゃって、(店に)しょっちゅうは行けなくて...だからうれしい。食べて買って応援します」

喫茶店が閉まった夕方からも、予約があればキッチンカーを走らせます。

こちらの家族はラーメンを出していた頃からの常連で、2週間に1度、利用してもらっています。

君波彰吾さん:
「ありがとうございます」

常連の家族:
「また、2週間後ね」

常連の家族:
「いただきます」

自宅で喫茶店名物が味わえます。

常連の家族:
「kimikさんは、昔からたらこスパゲティが大好きで、きょう初めて梅クリームパスタに挑戦しているんですけど、クリーミーでおいしい。お家で食べられるのは、今はありがたい」
「安全に、みんなにおいしいものを届けたいという気持ちの中で、新しいスタイルというか、非常に今の時代に助かるシステムじゃないか」

店を支える息子に父親は...。

君波さんの父・英治さん(Kimikのマスター):
「Kimikを食べたいと思いながら(店に)来られない方に、私の味を届けてもらえるのは非常に感謝している。心強いの一言ですね。いつでもバトンタッチの用意はできています、心の中ではね」

店の苦境を見かねて始めたキッチンカーですが、君波さんには父親の味を守るという覚悟が生まれています。

君波彰吾さん:
「どこまで父親が働けるかは分からないですけど、本人の納得いくまで働いてもらって、形は時代とともに変わっていくと思いますけど、父が作ってくれたものを守っていきたい」